古いかたちの籔
籔が神判の範疇に入るものかどうかについては異論があることと思います。
しかし、どの籔を引き当てるかという選択には神仏の土曇心が働いていると信じられていることはたしかでしょう。
実際、は神前もしくは仏前で行なわれ、「無想の神判」とも呼ばれたのです。
籔に関する最も古い記録は『日本書紀』斉明天皇四(六五八)年十一月の条で、有間皇子が蘇我赤兄らと短籍(短い紙片でつくった籔)を引いて謀反のことを占ったという記述です。
しかし、古代における籔の類例は多くなく、中世初期頃から頻出するようになる。
おそらく、「うけい」や「くかたち」が下火になるのに代わるかたちで出てきたものでしょう。
そのせいか、中世においては重要な意志決定段階において籔が使われていました。
たとえば、北条泰時は四条天皇の皇嗣を決めるときに、籔を使って後嵯峨天皇を選んでいる。
また、鎌倉幕府には孔子(籔)役と称する者がいて籔で発言の順番を決めていたし、仏教界においても律宗の叡尊が籔によって宗派の規律を定めています。
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